SaaS業界で広がるFDEとは──注目されている理由と求められるスキルを徹底解剖(前編)

今、SaaS業界を中心に注目を集めているFDE。具体的にはどのような仕事なのか、求められるスキルや経験とは何か──前編では、FDE組織づくりに詳しいエンジニアリングマネージメントの久松剛氏、ちょっと社CEOの小島とCTOの伊藤が語ります。
久松 剛
合同会社エンジニアリングマネージメント社長
IT組織づくりの専門家として複数社を支援。ちょっと社ではエンジニアチームのマネジメントや、FDEという働き方の浸透を支援
小島 芳樹
ちょっと株式会社CEO
Next.jsを中心としたフロントエンド開発と、次世代CMS「Orizm」の開発・展開
伊藤 大知
ちょっと株式会社CTO
Orizm開発チームのリーダーとして、開発全般を担当
FDEとは何か──定義と生まれた背景
久松:FDEはパランティア・テクノロジーズ(以下、パランティア)が広め始め、AIテクノロジーを実際の業務に組み込んでいこうとする流れと合わさって進化してきた印象です。国内においては、主にLayer Xが先導しています。国内でFDEと呼ばれる働き方の多くは、次のような経緯で生まれたと考えられます。
これまでは、プロダクトを持つ企業が、クライアントにアカウントを渡してサポートする形が一般的でした。しかし特にエンタープライズ領域の企業では、そのままでは使いこなせず解約されてしまうという事象が発生していました。
そうした解約防止の観点から、クライアントの実務部署に入り込み、プロダクトを実際に使えるようになるまで伴走する業務がFDEの中心です。そこから近年、FDEという働き方が広がっていきました。
小島:元々FDEはパランティアが行っていたような、クライアントのデータ統合・分析を支援するデータエンジニアリングに近い仕事だったという印象があります。
しかし、今はAI導入を支援する文脈が強くなっている気がします。当初はFDEとAIは直接関係なかったのですが、時代の流れとともに結びついて語られるようになってきました。一般的なSaaSというよりは、パランティアのようにかなり個別対応が求められるため、現場に入り込むという流れになったのだと思います。
久松:FDEは、VIP寄りのサービスという一面もあります。SaaSはワンソースでシステムを提供するため、ワンソースのテナント型でクライアントに効率よく安価に提供できる点が強みで、中小企業向きのサービスです。しかし、それだけでは利益が上がらない領域もあります。
主に大企業や複雑な要件を抱える企業の案件では、クライアントと直接関わりながら課題や方針を話し合い、実際に使えるところまで実装したりカスタマイズしたりする必要がありました。これがFDEの始まりだといえます。
さまざまな企業がFDEを活用し始めていますが、実態はほぼ業務コンサルタントというケースもあれば、SESでありながらFDEと称しているケースもあります。生成AIのツールを社内で作っているだけ、という企業もあるようです。
FDEが注目され出した背景
小島:大企業向けになると、ソフトウェアをワンソースで作るのは難しく、業務に深く入り込まなければわからないこともあり、FDEに近いことをしていた企業は以前から存在していたと思います。それが、なぜ今あらためてFDEとして注目されるようになったのでしょうか。
久松:2026年5月に、渋谷で開催されたパランティアのイベントが象徴的だったと思います。
CEOのアレックス・カープ氏が会場に登場し、来場者と熱心に交流していました。講演などはなかったにもかかわらず、握手会や約1万2,000円(75ドル)の帽子などを買い求めて喜ぶ参加者も多く、大変な盛り上がりを見せていました。そうしたブランディングの熱量から、ブームの到来を感じています。
伊藤:AIの普及によるクライアント側の環境変化も、FDEが盛り上がっている要因の一つだと思います。技術のコモディティ化や、クライアント側の世代交代なども影響していますよね。
クライアントの中でも若い世代は、SaaSネイティブだったり、便利なフリーミアムサービスに慣れていたりする、いわゆるデジタルネイティブ世代になっています。また、市場の資金がそうした層に集中しているという、複合的な背景もあると思います。
FDEに求められる技術的スキル・知識
久松:私が採用支援をしている企業でも、FDEが欲しいという話が複数社あります。
ある支援先のスタートアップでは、筋道を立てて進めるコンサルタントとSaaSの初期導入部隊と客先常駐して進めるFDEの3つほどにセクションを分けていました。
しかし、このFDEポジションに求める技術スキルは、あまり高くなくていいという結論になりました。業務内容は、自社プロダクトなどの導入支援と、その周辺の連携作業が中心でした。クライアントの言いなりになってしまう人が多かったため、技術力よりもクライアントと交渉できるスキルの方が重要だという背景がありました。
さらに、クライアント側の担当者に論破されて話が進められない、というケースもあるようです。クライアントの担当者には、元々コンサルティング会社出身の人がいることも多く、そうした相手だと太刀打ちできないことがあるとのことでした。
SaaS導入に賛成してくれる担当者ばかりであれば問題ありませんが、反対派や疑問を投げかける人がいると、それが解約リスクにもつながるため、重要な問題とされていました。
そうした事情を踏まえると、FDEに向いているのは、業務コンサルやパッケージ導入などのシステムインテグレーションを経験してきた人だと思います。
技術面でいうと、新しく何かを作る場面はあまりなく、あるとしてもシステム同士をつなぐコネクタや、ちょっとしたツールの開発程度です。そのため、技術的な向上心を優先したいエンジニアには向いていません。
主な必須要件は、クライアントの状況を整理し、SaaSによって解決することを説明し、導入してもらうことです。導入するコンサルと実装するエンジニアの2人体制で対応する企業もありますが、この役割を1人で担えればFDEと名乗って問題ないでしょう。ただ、実際にそこまでできる人は少ないという印象があります。
小島:コードを書いているだけのエンジニアや、データセンターで監視しているだけのエンジニアとは、違うスキルを求められると思います。
導入時のコンサルティングはもちろん、導入後にしっかりデータを分析して業務改善し、売り上げ向上に繋がるアクションをするサポート的なことも含まれますよね。これまでのやり方を変えて、より良いサービスにするための提案や実装、運用力までと、かなりのパワーを求められる印象です。
久松:そうですね。サービスやシステムをみんなが使えるようにし、浸透させることや、解約防止対策も必要です。場合によっては、数値管理やダッシュボードを実装したり、運用のオンボーディングやユーザー教育も求められると思います。単なるエンジニアの常駐派遣ではない、という点が重要です。
FDEの採用が進んでいる業界
久松:FDEの採用が進んでいる企業の特徴としては、大手企業をターゲットとするSaaS企業、あるいは事業成長にともなって大手企業をターゲットにせざるを得ない企業に二極化している印象です。
前者であれば、スタートアップフェーズの企業でもFDEを採用していますし、後者であれば、すでに上場している企業のSaaSでもFDEを配置していたりします。
小島:これまでSaaSのターゲットは中小企業に寄りがちでしたが、ここ2~3年でいわゆるエンプラSaaSと呼ばれるものが増えています。
その一方で、導入するにあたってはハードルも多く、個別対応しなくてはいけなかったり、あとAIプロダクト自体が複雑化してきているという課題もありますね。
こうした背景から、FDEの採用が進んでいるのではないかと思います。
久松:FDEは業務内容も難易度が高いこともあり、人件費がかなりかかるので、大手企業がメインなんですよね。逆に中小企業のFDEは、大手企業の本体に派遣される業態も多いようです。なので、求人情報を見る際は、事業形態やその攻め方から選ぶというやり方がいいと思います。
FDEならではの求人の特徴
久松:FDEには業務コンサルやパッケージ導入SIといった役割がありますが、加えて求人票を細かく見ていくとカスタマーサクセス的な役割も担っていることがわかります。
クライアントが実際にサービスをどのように活用して、何を解決したかったのかなどを吸い上げつつ、製品にフィードバックする役割です。
小島:カスタマイズはするけど、そこで作ったものもそのまま製品にしたり、他の会社に横展開できるなら提供する、というイメージがあります。そこは、これまでのパッケージソフトウェアの作り方とは異なる部分ですね。
久松:マインドの面もそうですし、技術的にもやりやすくなってきた印象があります。以前はカスタマーサクセスを介してフィードバックを得ていたところが、今は現場を直接見るエンジニアが拾って製品フィードバックするようになったのは、パイプが一つ太くなった感覚があります。
伊藤:久松さんの話は、クライアントの声やニーズを製品側に伝えるという、フィードバックそのものの話に聞こえました。一方で小島さんの話は、そのフィードバックを受けて実際にプロダクト化し横展開までするという、フィードバック後まで踏み込んでいますね。
このフィードバックの受け止め方や対応の仕方には、会社ごとに違いがあったりするのでしょうか。
久松:小規模なスタートアップだと、フィードバックをそのまま持ち帰ってきて、自分でフィードバック内容を本体に実装してしまうこともありますね。
小島:一方で、最近はOpenAIやAnthropicのようなAIモデル企業が、コンサルティング企業を買収したり、外部企業と組んで新会社を設立したりする動きも出てきています。ただ、こうして別組織にしてしまうと、フィードバックが外部の組織を経由することになり、製品に返ってきにくくなる印象があります。元々パランティアが行っていた形とは、少しかけ離れ始めているかもしれません。
FDEによるジョブ型雇用からの変化
久松:ここ10年ほどのITエンジニアの市場を振り返ってみると、アメリカの影響を受けた日本では、かなりジョブ型雇用に寄ってきています。
例えば、「Rubyできます」「Ruby on Rails 触れます」「JavaScript触れます」といった、会社が求めるポータブルスキルに価値を認められて転職しやすかったのがジョブ型雇用でした。しかし現在は、FDEを筆頭に、その前段階のプロダクトエンジニアとしての専門性に加え、事業分野に越境していく志向が強く求められるようになってきています。
特に外資系の企業では顕著でしたが、「これをやりなさい、これ以外やることは求めていません」と言われていたのが、そこから一転し戸惑う人も多いように思います。しかし、その反面、価値が出しやすいポイントでもあり、これまでのメンバーシップ型雇用に戻ったようにもみえますね。
小島:日本ではかつて「総合職」という肩書きがありましたが、最近のジョブ型雇用に慣れてきた人や、ジョブ型で社会人生活を送ってきた人からすると、この変化はかなり驚きのようです。
久松:まさに、海水が淡水に変わるくらいの驚きなのではないでしょうか。
──後編に続く


